2008年11月20日木曜日

ベルン旧市街(文化遺産 / 1983年登録)

2007年の冬に訪れました。この旅行はドイツ・スイス・フランス周遊旅行で、新婚旅行でした。心に残る美しい街だな‥と思っていたら、世界遺産。後で知りました。

残念ながらこの街ではビデオを中心に撮っていたので写真があまりありません。宿泊をしたのですが観光をする時間はほとんど無く、早朝まだ暗い時間に、夫婦2人でアインシュタインが住んでいた家を探しに出かけました。

スイスの首都ベルン。早朝な為か首都とは思えない静けさです。まだ薄暗い街でホテルから出て最初に見つけたのは、露店のパン屋さん。クマのぬいぐるみが置いてありました。

街には噴水がたくさんあります。市内には100以上あり、旧市街には11基。これは「子喰い鬼の噴水」という名前の噴水です。ちょっと怖いですね。


昨晩夕食を食べたレストラン。


まだ誰も歩いていない街、トラムの線路が道に走っています。 写真には無いですが、赤いトラムがとても可愛かったです。


基礎部分はベルン最古の建造物で、16世紀から止まらず動く時計塔。 7時など、ちょうどの時間になるとからくりが動くとガイドブックにあったので急いで行ったのに、裏面を表と間違えてしまい、裏面を眺めてしばらく待っていました。後で表は反対側と気付きましたが、結局動くところは見えず仕舞。
アインシュタインの家はこの時計の近く。アインシュタインもこの時計を見ていたんでしょうね。


ホテルの入口にもかわいい時計塔とクマがディスプレイされてました。


ベルンとは「くま」の意味。この地に最初に住み始めた人たちが、町の名前を決める時に「これから最初に見た動物の名前をつけよう」と決めて、最初に出てきた動物がクマだったという言い伝えだそうです。

1779年にこの町をおとずれたドイツの文豪ゲーテは「自分が訪れた都市の中で一番美しい」と書き残しました。

またいつか訪れたいな。

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2008年11月13日木曜日

ライン渓谷中流上部 (文化遺産/2002年登録)

ドイツへは2007年の冬に訪れました。

この旅行はドイツ・スイス・フランス周遊旅行で、新婚旅行でした。式の翌週の出発で余裕を見たつもりでしたが、思っていたよりずっと慌ただしかったです。特にドイツのライン川観光はツアー1日目、ガイドブックもほとんど読むことができなかったので、世界遺産だということも知らずに巡っていました。

ライン川沿いの小さな町、リューデスハイム
町にある「つぐみ横丁」には小さいお店が軒を連ねていています。


細かい感じがドイツっぽい。きれいなディスプレイ。


ライン川沿いにはとにかく古城がたくさんあります。


リューデスハイムとザンクト・ゴアールを発着地としたクルーズ船がメジャーですが、私たちはクルーズではなく、バスで巡りました。 これはプファルツ城です。


次々にガイドさんがお城の名前を言いますが、写真をとるのに精いっぱい。お城の名前をメモすることができません。


他にも写真がありますが、説明が出来ないのでこのくらいにします‥。


途中有名な「ローレライ」も通りました。この地区では船乗り達は、ライン川に身を投げて死んだはずの絶世の美女ローレライの歌声が聞こえてきて眠ってしまうため、船の座礁がとても多かった、という伝説があります。実際は川に岩山がせり出して川が狭まっている上に岩礁が多い難所だった為なのですが。現在は岩礁は爆破され安全に航行できるようになっています。

他に印象的だったのは、川沿いにあまり広くない(ように見える)ブドウ畑がとてもたくさんあったことです。ブドウはみんな背の低い種類のようでした。ライン川沿いのブドウでとれるワインは希少で特に白ワインが有名です。

この写真は(多分)、ローレライ近くのザンコト・ゴアールの町、船着場の景色。


町に教会の鐘が鳴り響いていました。



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2008年11月6日木曜日

白川郷・五箇山の合掌造り集落(文化遺産 / 1995年登録)

(海外では無いですが‥)

今年、2008年の夏に訪れました。

途中道を間違えて、ものすごく細い山道を数時間‥やっとの思いで到着しましたが、それが、この集落が外の世界と隔離されている環境だという事を実感させてくれました。現在は世界遺産に登録されてから久しいですから、実際は便利な有料道路が通っていてますのでそんなにひどく不便ではありません。

周りはすっぽり山にかこまれていて、本当に静かです。集落を抱え込んでいる山は、優しくも厳粛な感じがします。合掌造りの家々もさながら、この環境全体が世界遺産に登録された要因では無いかと思いました。


夕方だったのでバスで訪れる団体観光客は帰った後だったようです。


新しそうな橋。これは観光用に作ったのかな?


バスがたくさん泊まっていたらしい場所。最後のバスの添乗員さんが、戻ってこない人を探しまわっていました。さっき見かけた川沿いにたたずんでいた外国人カップルでは。。


合掌造りの家は普通に人が住んでいます。自分の家を多くの観光客がやってきて朝から晩まで見ているって、どんな気持ちだろう。


こちらの集落の暮らしも大切にして差し上げたいです。


これらの日本の素晴らしい景色がずっと失われませんように。


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2008年10月28日火曜日

シドニー・オペラハウス(文化遺産/2007登録)

2003年ごろに訪れました。その頃はまだ世界遺産ではありませんでした。


白亜のオペラハウス。美しいです。
言わずと知れたシドニーのランドマークで世界規模のデザインコンペの結果選ばれた建築デザインです。14年の歳月と1億200万ドルという莫大な費用をかけて1973年に完成しました。


オペラハウスの写真はこれだけなので、おまけで‥
シドニー中心部(シティ)のクイーン・ビクトリア・ビルディング(QVB)。ショッピングモールです。


南半球最大の都市シドニー。街はさすがに人も車も多いのですが、何故だか全く圧迫感がありません。最先端の都市デザインが施されているせいでしょうか。それが一番印象的でした。

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ブルーマウンテンズ地域(自然遺産/2000登録)

2003年ごろ訪れました。

シドニー郊外随一の景勝地として知られているブルーマウンテンズ地域。 90種類以上のユーカリや1億年以上前から生息する植物ウォレミマツなど固有種が多い山岳地帯です。

写真はスリーシスターズ。


シドニーから日帰りもOKです。

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2008年10月21日火曜日

カカドゥ国立公園(複合遺産/1981,1987-1992登録)

アリススプリングスからダーウィンに向かう6日間のバスツアーへ参加しました。同じく各国のバックパッカーが集まるツアーで、参加者はアメリカ人、イギリス人、オランダ人、ドイツ人、オーストラリアの人などさまざま。日本人(アジア人)は私一人でした。

ツアーの最終観光地がカカドゥ国立公園。日本の四国に相当する広大な面積のオーストラリア最大の国立公園です。アボリジニが古代から生活しており、人類最古と思われる4万年前の石器も発見されています。

雨季に沼地と化す氾濫原。(だと思います。ただの河かな‥?)


ワニ発見


こんな感じのボートでした。


一番の見どころ。2万年以上前のものもある古代の岩面画です。


動物や人間の骨格や内臓を細かい線で描いた「X線描法」

広い広~い平原。木は熱帯ユーカリ林です。

野生のカンガルーが本当に幸せそう。


まさにサンクチュアリ、と思いました。


ツアーのブロッシャーです。古い情報なので、もし参考にされるときはご注意を。
 

2008年10月20日月曜日

ウルル-カタ・ジュタ国立公園(複合遺産/1987,1994登録)

ウルルはアボリジニの言葉でエアーズロックのことです。地上にぽこりと出た巨大な一枚岩。

ケアンズの街からバスで2日ほどかけてアリススプリングスへ向かいました。バックパッカー定番のノンストップのバスです。行けども行けども変わらない赤い大地。爆走するバスの迫力もあわせて不思議な光景でした。

アリススプリングスの街から1泊2日のツアーに参加して、エアーズロックへ向かいました。到着したのは夕方。岩の色が刻々と変わります。
  

バスの中で真っ赤な大地にはすっかりなれていたので、やっと着いた~という感じでした。バックパッカーでない観光客の人達は、おしゃれをして夕焼けを見ながらシャンパンを開けたりしていました。


早朝暗いうちにエアーズロックに登って、朝日を眺める、という計画。懐中電灯などを持っていなかったので、真っ暗寒くて怖くて大変でした。


登っているうちにだんだん明るくなってしまい。


ツアーはこんな感じ。これは食事の後片付けの風景だと思います。各国からのバックパッカーが参加していました。


1泊したのはこの場所。地面の上にシートをしいて、寝袋で眠りました。テントが無いというのに気付いたときには驚きました。日本じゃ考えられないですよねぇ。夜中目を覚ますと尋常ではないほどの星と流れ星につつまれていました。一生に一度の体験だったと思います。


ツアーのブロッシャーです。当時は1泊2日食事つきツアーで220オーストラリアドルでした。

 

2008年10月18日土曜日

クイーンズランドの湿潤熱帯地域(自然遺産/1988登録)

随分前ですが、オーストラリアのクイーンズランド州の街ケアンズにワーキングホリデービザを利用して半年ほど住んでいました。

語学学校へ行ったり仕事をしたりで観光する機会があまり無く、写真も殆どありませんが、ツアーガイドの仕事をしていたので、その会社が開催していた熱帯雨林ツアーに研修で参加した時の写真がありました。

ケアンズ郊外には熱帯雨林、レインフォレストが広がっています。


野生のワラビー


かわいいです。


大きなアリの巣とか、カモノハシとか、めずらしい物や動物をたくさん見ることが出来ます。


夜行性動物のポッサム。


熱帯雨林のナイトツアーも。


夜のレインフォレストはとても神秘的です。


ケアンズの人はとても日本人に親切で、世界の中では治安がとても良い街です。街はこじんまりとして散策しやすく、レインフォレストやグリーン島等への観光も日本語ツアーが多く設けられていて、とても便利です。海沿いのエスプラネード通りにケバブ屋さんがあってとても美味しかったので3日に1回くらい食べてました。中華料理屋さんもいくつかあって、安くて美味しかった。地元のオージー料理のお店の食べ物は量が多いのですが、お肉がとっても硬かったことを覚えてます。ピザの食べ放題のお店なんかがあって体の大きいオージーが半端じゃない量食べていました。
牡蠣が破格の低価格で食べ放題のレストランがあったり。
食べ物の思い出が多いですね。

中規模なカジノがあって、興味がある人にとっては体験しやすいと思います。

オージー(オーストラリア人)の定番の挨拶はGood Day(グッダイ)。Aの発音が「エー」でなく「ア」なので、おもしろいです。他の言葉もAは「ア」になってます。

ツアーは今もあるのかな。懐かしい。お薦めツアーです。

2008年10月6日月曜日

秦始皇帝陵及び兵馬俑坑(文化遺産/1987年登録)

中国を続けます。

1996年夏に訪れた兵馬俑坑です。
この遺跡には本当に驚きました。中国で一番すごいのではないかと思います。半端ありません。

まずは秦の国について。秦は中国初の統一国家、紀元前3世紀の話です。場所は西安の郊外。西安=長安のこと。長安というと、西遊記や歴史で良く聞く都市ではないでしょうか。中国の長い歴史のなかで長安が都だった期間はとても長く、漢、隋、唐の首都は長安でした。

この秦の皇帝の名が始皇帝、その巨大な陵墓が今回ご案内する秦始皇帝陵です。始皇帝の陵内には昔から遺体とともに水銀の川や海が作られているといわれていて、ただの言い伝えと思われていましたが、1981年の調査によって真実である可能性が高くなっています。

それだけならまだしも、この陵の周りに7000体を超える兵士や馬の銅像が埋められていたのです。この兵士や馬の像を兵馬俑と呼びます。1日に70万人が造営にあたったと言われ、兵士、馬、馬車は一体一体表情が違い、すべて東を向いていて、死後も始皇帝を守るために作られたと考えられます。発見されたのは1974年。2000年以上眠りについていた兵馬俑はごく最近発見されました。2200年前の軍隊編成や人の様子を知る上で世界でも最も重要な史跡の一つです。

坑は4つ発掘されていますが、まだ巨大な未発掘部が残されています。

入口です。


当時、兵馬俑は撮影できませんでした。撮影をゆるされたのは一部の展示物のみ。


写真が無いので、入場チケットを。


発掘されている場所は体育館のような建物で囲われています。これは第一俑坑。


第一俑坑の中です。


この方は兵馬俑坑を発見した方、楊志発さん。農民をされていて、他の人(3人)と一緒にに井戸を掘ろうと地面を掘ったところこの兵馬俑の頭部が出土しました。中国は共産主義の国なので、土地も遺跡もすべては国のもの。世界的な発見をしましたが報奨金などはほとんど無く、名誉という褒美だけがつかわされたということです。日本人からすると信じられません、大変驚いたのを覚えています。園内販売所で私たちに笑顔でサインをしてくれていました。