2008年10月28日火曜日

シドニー・オペラハウス(文化遺産/2007登録)

2003年ごろに訪れました。その頃はまだ世界遺産ではありませんでした。


白亜のオペラハウス。美しいです。
言わずと知れたシドニーのランドマークで世界規模のデザインコンペの結果選ばれた建築デザインです。14年の歳月と1億200万ドルという莫大な費用をかけて1973年に完成しました。


オペラハウスの写真はこれだけなので、おまけで‥
シドニー中心部(シティ)のクイーン・ビクトリア・ビルディング(QVB)。ショッピングモールです。


南半球最大の都市シドニー。街はさすがに人も車も多いのですが、何故だか全く圧迫感がありません。最先端の都市デザインが施されているせいでしょうか。それが一番印象的でした。

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ブルーマウンテンズ地域(自然遺産/2000登録)

2003年ごろ訪れました。

シドニー郊外随一の景勝地として知られているブルーマウンテンズ地域。 90種類以上のユーカリや1億年以上前から生息する植物ウォレミマツなど固有種が多い山岳地帯です。

写真はスリーシスターズ。


シドニーから日帰りもOKです。

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2008年10月21日火曜日

カカドゥ国立公園(複合遺産/1981,1987-1992登録)

アリススプリングスからダーウィンに向かう6日間のバスツアーへ参加しました。同じく各国のバックパッカーが集まるツアーで、参加者はアメリカ人、イギリス人、オランダ人、ドイツ人、オーストラリアの人などさまざま。日本人(アジア人)は私一人でした。

ツアーの最終観光地がカカドゥ国立公園。日本の四国に相当する広大な面積のオーストラリア最大の国立公園です。アボリジニが古代から生活しており、人類最古と思われる4万年前の石器も発見されています。

雨季に沼地と化す氾濫原。(だと思います。ただの河かな‥?)


ワニ発見


こんな感じのボートでした。


一番の見どころ。2万年以上前のものもある古代の岩面画です。


動物や人間の骨格や内臓を細かい線で描いた「X線描法」

広い広~い平原。木は熱帯ユーカリ林です。

野生のカンガルーが本当に幸せそう。


まさにサンクチュアリ、と思いました。


ツアーのブロッシャーです。古い情報なので、もし参考にされるときはご注意を。
 

2008年10月20日月曜日

ウルル-カタ・ジュタ国立公園(複合遺産/1987,1994登録)

ウルルはアボリジニの言葉でエアーズロックのことです。地上にぽこりと出た巨大な一枚岩。

ケアンズの街からバスで2日ほどかけてアリススプリングスへ向かいました。バックパッカー定番のノンストップのバスです。行けども行けども変わらない赤い大地。爆走するバスの迫力もあわせて不思議な光景でした。

アリススプリングスの街から1泊2日のツアーに参加して、エアーズロックへ向かいました。到着したのは夕方。岩の色が刻々と変わります。
  

バスの中で真っ赤な大地にはすっかりなれていたので、やっと着いた~という感じでした。バックパッカーでない観光客の人達は、おしゃれをして夕焼けを見ながらシャンパンを開けたりしていました。


早朝暗いうちにエアーズロックに登って、朝日を眺める、という計画。懐中電灯などを持っていなかったので、真っ暗寒くて怖くて大変でした。


登っているうちにだんだん明るくなってしまい。


ツアーはこんな感じ。これは食事の後片付けの風景だと思います。各国からのバックパッカーが参加していました。


1泊したのはこの場所。地面の上にシートをしいて、寝袋で眠りました。テントが無いというのに気付いたときには驚きました。日本じゃ考えられないですよねぇ。夜中目を覚ますと尋常ではないほどの星と流れ星につつまれていました。一生に一度の体験だったと思います。


ツアーのブロッシャーです。当時は1泊2日食事つきツアーで220オーストラリアドルでした。

 

2008年10月18日土曜日

クイーンズランドの湿潤熱帯地域(自然遺産/1988登録)

随分前ですが、オーストラリアのクイーンズランド州の街ケアンズにワーキングホリデービザを利用して半年ほど住んでいました。

語学学校へ行ったり仕事をしたりで観光する機会があまり無く、写真も殆どありませんが、ツアーガイドの仕事をしていたので、その会社が開催していた熱帯雨林ツアーに研修で参加した時の写真がありました。

ケアンズ郊外には熱帯雨林、レインフォレストが広がっています。


野生のワラビー


かわいいです。


大きなアリの巣とか、カモノハシとか、めずらしい物や動物をたくさん見ることが出来ます。


夜行性動物のポッサム。


熱帯雨林のナイトツアーも。


夜のレインフォレストはとても神秘的です。


ケアンズの人はとても日本人に親切で、世界の中では治安がとても良い街です。街はこじんまりとして散策しやすく、レインフォレストやグリーン島等への観光も日本語ツアーが多く設けられていて、とても便利です。海沿いのエスプラネード通りにケバブ屋さんがあってとても美味しかったので3日に1回くらい食べてました。中華料理屋さんもいくつかあって、安くて美味しかった。地元のオージー料理のお店の食べ物は量が多いのですが、お肉がとっても硬かったことを覚えてます。ピザの食べ放題のお店なんかがあって体の大きいオージーが半端じゃない量食べていました。
牡蠣が破格の低価格で食べ放題のレストランがあったり。
食べ物の思い出が多いですね。

中規模なカジノがあって、興味がある人にとっては体験しやすいと思います。

オージー(オーストラリア人)の定番の挨拶はGood Day(グッダイ)。Aの発音が「エー」でなく「ア」なので、おもしろいです。他の言葉もAは「ア」になってます。

ツアーは今もあるのかな。懐かしい。お薦めツアーです。

2008年10月6日月曜日

秦始皇帝陵及び兵馬俑坑(文化遺産/1987年登録)

中国を続けます。

1996年夏に訪れた兵馬俑坑です。
この遺跡には本当に驚きました。中国で一番すごいのではないかと思います。半端ありません。

まずは秦の国について。秦は中国初の統一国家、紀元前3世紀の話です。場所は西安の郊外。西安=長安のこと。長安というと、西遊記や歴史で良く聞く都市ではないでしょうか。中国の長い歴史のなかで長安が都だった期間はとても長く、漢、隋、唐の首都は長安でした。

この秦の皇帝の名が始皇帝、その巨大な陵墓が今回ご案内する秦始皇帝陵です。始皇帝の陵内には昔から遺体とともに水銀の川や海が作られているといわれていて、ただの言い伝えと思われていましたが、1981年の調査によって真実である可能性が高くなっています。

それだけならまだしも、この陵の周りに7000体を超える兵士や馬の銅像が埋められていたのです。この兵士や馬の像を兵馬俑と呼びます。1日に70万人が造営にあたったと言われ、兵士、馬、馬車は一体一体表情が違い、すべて東を向いていて、死後も始皇帝を守るために作られたと考えられます。発見されたのは1974年。2000年以上眠りについていた兵馬俑はごく最近発見されました。2200年前の軍隊編成や人の様子を知る上で世界でも最も重要な史跡の一つです。

坑は4つ発掘されていますが、まだ巨大な未発掘部が残されています。

入口です。


当時、兵馬俑は撮影できませんでした。撮影をゆるされたのは一部の展示物のみ。


写真が無いので、入場チケットを。


発掘されている場所は体育館のような建物で囲われています。これは第一俑坑。


第一俑坑の中です。


この方は兵馬俑坑を発見した方、楊志発さん。農民をされていて、他の人(3人)と一緒にに井戸を掘ろうと地面を掘ったところこの兵馬俑の頭部が出土しました。中国は共産主義の国なので、土地も遺跡もすべては国のもの。世界的な発見をしましたが報奨金などはほとんど無く、名誉という褒美だけがつかわされたということです。日本人からすると信じられません、大変驚いたのを覚えています。園内販売所で私たちに笑顔でサインをしてくれていました。

2008年10月2日木曜日

明の十三陵 (文化遺産/2003年登録)

2008年2月の旅行での世界遺産記事はこれで最後。
明の時代の13人の皇帝の陵墓群、お墓です。

入口


ここも、広~いです。

博物館があって、埋葬されていた装飾品が展示されていました。
うーん紅白の美川憲一‥


地下深くへ階段で下りて行って、内部の見学をしましたが、お墓なので、写真はちょっと気が引ける。ということで写真は撮りませんでした。

埋葬品などすべては別の所に保管されているので、内部には写真やビデオ、模造品が展示されています。陵内の鉄の扉についているでこぼこの模様は、縦9個、横9個。ここでも皇帝の数字、9がところどころに使われています。
階段を上って外に出てほっと一息。

神宗顕皇帝之陵と記されている大きな石碑。
2008年2月の中国レポートは以上です。
次回はどこにしようかな。



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