2008年9月30日火曜日

天壇 (文化遺産/1998年登録)

同じく2008年2月に訪れました。春節なので、こちらもたくさんの人、人、人。

明・清の皇帝が毎年冬至の日に豊作を祈り、雨の少ない年は雨乞いなども行われた場所。

写真は祈年殿。とっても美しい建物です。


祈年殿の中を見ることができるようになっているのですが、人が多すぎてほんの少ししか見ることが出来ませんでした。ぎゅうぎゅう人が押し寄せてきて、なかなか前に進めません。中国の人たちの熱気はすごいです。

写真に無いですが、白玉づくりの円形3層の壇、圜丘壇では面白い光景が。真中にある石、天心石に立って願いごとをすると叶う、と言われているとのことで、なんと30名~50名位の大人がおしくらまんじゅう状態になっていました。さぁ!行って下さい!とガイドさんに背中をおされましたが、怖くてなかなか加われず。しかし、せっかくなので最後はちょっとおしくらまんじゅうに加わって無事天心石に乗ることが出来ました。

大人が大勢でおしくらまんじゅうしているのがおかしくて笑いが止まりませんでした。

これも後で調べたんですが、この天心石、上に皇帝が立ち、その年の出来事を天に報告した神聖な場所なんですって。とってもありがたい場所だったんですね。乗れて良かった。ここの階段の段数や欄干の数も全て9の倍数になっているとのことです。9は皇帝の数です。

帰りに振り向くと、周りの景色と建物が美しく調和していました。



これは、番外編。
天壇と全く関係ありませんが、 王府井(ワンフーチン)という中国の繁華街を知ってますか?何故王府井という名前かというと、ここには古い井戸があったということで王府井なんですって。その井戸の跡がこれです。

2008年9月23日火曜日

北京の明・清王朝皇宮 (文化遺産/1987年登録)

同じく2008年2月に訪れました。

ユネスコの世界遺産名だと明・清王朝皇宮ですが、紫禁城と言った方が分かりやすいかもしれませんね。映画ラストエンペラーを見た人は多いはず。明と清の時代の皇帝の世界最大規模の城。現在は故宮や、故宮博物院と呼ばれています。

明と清の時代、あわせて約500年間、24人の皇帝がここに住んでました。敷地面積72万㎡、部屋数8704室。どうしてこんなに広いのかというと、大臣や役人とその家族、宦官、宮女もここでくらしていたから。明の時代には10万人の宦官が仕えていたとも。

天安門広場から故宮へ向かいます。


すごい寒かったです。風が強くて、体感気温はマイナス6度。


天安門が見えてきました。


テレビなんかで良く見る毛沢東さんの肖像絵。共産主義者として1949年中華人民共和国を成立した人です。第二次世界大戦が終わってから4年後のこと。


天安門の先に、故宮の正門の牛門があり、その先に太和門が。 そこをくぐるとメインの広大な太和殿‥。 しかし残念ながら改装中。 この日は寒すぎてこの先写真が少ないです。


九匹の竜の彫刻。9は中国では皇帝の数字、特別な数だそうです。


寒さに耐えながらなんとか反対側の神武門にたどりつきました。写真はないですがお堀の水がかっちかちに凍ってましたよ。 2月の北京おそるべし。


景山公園へのぼると故宮の全景を望むことが出来ます。すばらしい眺めに、騒がしい観光客も一時言葉を失っていたような。



故宮レポートはここまで。お読み頂いてありがとうございます。

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2008年9月22日月曜日

頤和園 (文化遺産/1998登録)

北京郊外にある離宮。いわえん、と読みます。12世紀ごろに小規模な離宮としてすでに建築されていましたが、清の時代に乾隆帝が整備し、さらにかの西太后が現在の形に大規模庭園として修復を行いました。西太后は宮廷内を統治する絶大な手腕とともに、権力を乱用した悪名も高い人。清の後期の皇帝、成豊帝の妻で同治帝の母親です。

大規模修復は1888年頃に行われました。ちなみに日本では開国後明治時代になって20年ほど経ったころ。大日本帝国憲法が発布されたり、急速に近代化を進めていたころの話です。

万里の長城と同じく、2008年2月の旅行で訪れました。

極寒にもかかわらず、こちらもすごい人です。


東宮門を入ってすぐ、竜が。(麒麟?)


中国では普通竜は右手に玉を持っているのですが、この竜は左手に玉を持っています。これは「男では無く女が国を統治する」という意味で、西太后の意図で作られたもの。この前で女の子が写真をとると出世すると言われているらしいです。


左手に湖が見えてきます。普通は湖のほとりに避暑の離宮を建てたりしますが、ここは逆。なんとこの湖は人工の湖です。湖水面積220平方キロメートルの広い湖、昆明湖。中国の古くから有名な景勝地、西湖を模したと言われています。ダムとか貯水池とかでなくて、ただ眺めのためだけに湖を作ってしまうとはスケールが大きいというか。。


寒いので湖はきんきんに凍っています。人がたくさんあるいていてびっくり。許可はされてないみたいですが、みんな平気で湖面で遊んでいます。水深は1.5~3mくらいで浅いらしいですが、でも危ないですね。


地面にだれかが水で美しい文字を書いていました。乾けば消えてしまうものです。さすが中国という感じ。


これは楽寿堂と呼ばれる西太后の居室。


次は長廊へ。満州文字と漢字が書かれています。


湖面に沿って延びる、長さ728mの世界一長い廊下。


この山は標高60mの万寿山。これも人工、湖を掘った土でつくった山です。頂上の建物は仏香閣、八角形の華麗な塔です。



美しい眺めですが、この建設に投じられた巨額の費用はどこから?清は欧米からの攻撃やプレッシャーを受け始めて傾き始めた時代のはず‥と思ってしまいます。後で調べると、西太后は海軍費用を投入してこの庭園を修復したそうです。一説にはそれが財政危機を招き、日清戦争の敗北につながり、清朝滅亡の原因の1つになったとも。

また後日ですが、テレビでこの万寿山の上にはチベット仏教のお寺も置いてあるというのを見ました。乾隆帝は深くチベット仏教を尊敬し、信仰していたということです。少数民族を尊重し大国を統治した乾隆帝と、現在の中国のチベットへの政策は対照的に感じられます。

さまざまな見所のある、中国の庭園様式や名建築の宝庫と言われる頤和園、ぜひ訪れてみて下さい。

2008年9月11日木曜日

万里の長城 (文化遺産/1987登録)

北京オリンピックよりちょっと前、2008年2月に訪れました。

冬の北京、寒かったです。昼間なのに気温は0度かマイナス。緯度からすると日本の東北くらいなのであなどってました。風もすごく強い。冬の北京は毛糸の帽子や耳あてが必須です。私は持っていかず、マフラーで顔と頭をぐるぐるに巻いていました。写真を撮るときも寒くて外せなかったです。 みなさんも冬のご旅行の際はご注意あれ。

その大きさから「月から見える唯一の建造物」とも言われてる万里の長城。紀元前、秦の始皇帝の時代から1600年以上、北方から侵略してくる民族の脅威から国を守るため壊されたり作られたりをくりかえし、ものすごい長さになりました。でも結局、北方から侵略してきた清が国を作ってそれが中国の最後の王朝になったんですよね。総延長は6,352km。ただし現在有効保存されているのは残念ながら全体の2割とか。

万里の長城にはたくさんの関(楼)があり、下から登れるようになっている関もあります。私たちが行ったのは一番メジャーな八達嶺長城(はったつれいちょうじょう)の関でした。北京からバスでたった1時間ほどでとても近いです。階段を上って荒野側に向かって左側が急な男坂、右側は比較的登るのが楽な女坂と説明されました。


確かに男坂はこんな感じで人が少ない。快適かな?


と思い少し登ってみましたがすぐに息切れ‥
結局女坂へ登ることにしました。

女坂は人がたくさん。偶然春節(しゅんせつ)の時期だったので、中国国内の地方からの観光客がとっても多い。寒いのにみんな声が大きくて超元気で圧倒されます。

登る途中にこんな看板発見。北京オリンピック用の看板ですね。人がひっきりなしに写真を撮っていました。下の英語はOne World One Dreamと書いてあります。中国語は漢字がタイプできません。同一介‥
←私じゃありません。





とりあえず女坂を上っていくと、人が折り返してくる地点が見えてきました。まだ先にも長城は続いていますが、私たちもここまでにします。


帰り道の風景。女坂でもこんなに急斜面。


地上に降りる階段がある関はこんな風です。



今日のレポートはここまでです。次回もお楽しみに!

2008年9月4日木曜日

モンサンミッシェル (文化遺産/1979登録)

今日は世界遺産の中でも代表的な、モンサンミッシェルについてUPしますね。

ここには2007年に新婚旅行で訪れました。
パリからはバスで5時間ほど。某大手オプショナルツアー会社のバスを利用しました。 こういう長距離移動のときのガイドさんはベテランの方が多いんです。 私の時も、ガイドさんが移動を長く感じさせないように、パリやモンサンミッシェルについていろいろな話をしてくれていました。 パリが生んだ偉大な芸術家モネについて詳しく知れたのは特に良かったです。 ここ数年閉館されていた念願のオランジェリー美術館もこの旅行の時に訪れたので。

(オランジェリー美術館。ここも良いところです。;話がそれました)

フランスの大地は、どこまでも平ら‥ 景色を見たり、話を聞いたり、うとうとしながら モンサンミッシェルに近づいてくると、おなじみのこの風景が見えてきます。 長い移動だからこそ感動もひとしお。


だんだん近づいてきます。



バスの中でシャッターチャンスがあると焦りませんか?帰りのバスでは、地球の歩き方フランスの表紙みたいな羊とモンサンミッシェルの写真が撮りたくて、旦那に「ちゃんと撮ってよ。も~(怒)」なんてことを言ってケンカしそうになりました。

モンサンミッシェルには2002年にも訪れていたのですが、以前にもまして人が多かったように思います。

ヨーロッパは地続きなので、ペット連れの観光客が多くみかけられます。
かわいい。



混雑していると、聖地の雰囲気が少し失われているような感じです。 笑い声や盛り上がる声、世界各国の言葉のガイドさんの声でざわざわ。 そのせいか、最近は夜の特別開館も人気のようです。 弦楽器や管楽器のコンサートなどが行われているとのこと。 きっと素敵でしょうね。 次回訪れる時にはぜひ行ってみたいです。

モンサンミッシェル付近の海は、自然破壊によって、砂が増えてしまい 地続きになってしまうかも知れない‥ということは最近の話題ですね。 自然環境や歴史遺産に敬意をはらっているフランスのことですから、 きっとそんな事にはならないと思っています。

ヨーロッパのそういうところ、大好きです。

始めまして

今まで行ったことのある世界遺産を、
感想や写真をあわせて記録に残します。