2008年10月6日月曜日

秦始皇帝陵及び兵馬俑坑(文化遺産/1987年登録)

中国を続けます。

1996年夏に訪れた兵馬俑坑です。
この遺跡には本当に驚きました。中国で一番すごいのではないかと思います。半端ありません。

まずは秦の国について。秦は中国初の統一国家、紀元前3世紀の話です。場所は西安の郊外。西安=長安のこと。長安というと、西遊記や歴史で良く聞く都市ではないでしょうか。中国の長い歴史のなかで長安が都だった期間はとても長く、漢、隋、唐の首都は長安でした。

この秦の皇帝の名が始皇帝、その巨大な陵墓が今回ご案内する秦始皇帝陵です。始皇帝の陵内には昔から遺体とともに水銀の川や海が作られているといわれていて、ただの言い伝えと思われていましたが、1981年の調査によって真実である可能性が高くなっています。

それだけならまだしも、この陵の周りに7000体を超える兵士や馬の銅像が埋められていたのです。この兵士や馬の像を兵馬俑と呼びます。1日に70万人が造営にあたったと言われ、兵士、馬、馬車は一体一体表情が違い、すべて東を向いていて、死後も始皇帝を守るために作られたと考えられます。発見されたのは1974年。2000年以上眠りについていた兵馬俑はごく最近発見されました。2200年前の軍隊編成や人の様子を知る上で世界でも最も重要な史跡の一つです。

坑は4つ発掘されていますが、まだ巨大な未発掘部が残されています。

入口です。


当時、兵馬俑は撮影できませんでした。撮影をゆるされたのは一部の展示物のみ。


写真が無いので、入場チケットを。


発掘されている場所は体育館のような建物で囲われています。これは第一俑坑。


第一俑坑の中です。


この方は兵馬俑坑を発見した方、楊志発さん。農民をされていて、他の人(3人)と一緒にに井戸を掘ろうと地面を掘ったところこの兵馬俑の頭部が出土しました。中国は共産主義の国なので、土地も遺跡もすべては国のもの。世界的な発見をしましたが報奨金などはほとんど無く、名誉という褒美だけがつかわされたということです。日本人からすると信じられません、大変驚いたのを覚えています。園内販売所で私たちに笑顔でサインをしてくれていました。

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